わたしたちと「農」の距離はどのくらい? 一般生活者にとっての「農」ってなんだろう

2017/09/07 TOPICS

「農」と聞いて、真っ先に何を思い浮かべるのはなんだろう。

土を耕して畑を作り、穀物や野菜を育てること?それとも農業を営む人?

はたまた、今日のお昼に食べた野菜のこと?

 

 

普段意識をしないだけで、意外と側にある「農」の存在。
一般生活者にとって、「農」と聞いて思い浮かべるものは何か。わたしたちと農の距離をみてみよう。

 

僕らにとっての「農」はいつか挑戦してみたい。
そんな「趣味・憧れ」の存在だ。

数ある回答の中でも、男性は農を「趣味・憧れ」の対象としてみているようだ。
—いつか自分の農園を持ってみたい。
—趣味としての週末菜園

飛び込もうと思っても、なかなかチャレンジすることができない、高い壁。
だからこそ、いつかやってみたい。男性にとって「農」は憧れの存在なのだ。

 

 

 

わたしたちにとっての「農」は、自然と側にあるもの。
人を育てる、優しい存在。

男性と比べると、「農」の存在を身近に感じている女性たち。
—人の命(からだ)を育むもの
—わたしたちの生活を支えてくれるもの

日頃から「食」を通じて、農に接することの多い女性ならではの回答と言えよう。
身近で感じることが多い分、農を「人を支える大切なこと」として捉えているのかもしれない。

 

 

 

雨にも負けず、風にも負けず。
自然を相手にする「農」が持つ苦のイメージ。

「農」に対して思い浮かべるのは、ポジティブなことだけではない。

作物という生きているものを相手にするからこその、日々の作業は、従事している者以外の目には、「きつい・辛い」といった苦労が色濃く見えるのだ。

 

 

 

近いようで遠い「農」との距離を埋めるのは、
ほんの少し、農に触れること。

100人の回答から見えてきたこと。それは、日々接する機会が多いにもかかわらず、自分とは無縁のような、遠い国の出来事のような感覚を抱いていることだ。

都市に住んでいても、週末だけ土に触れること。マルシェで生産者と雑談をすること。

今日食べた野菜のことを思い出すこと。

わたしたちの生活の中に、どれだけ「農と触れる」きっかけを作り出すことができるか。

それが、農とわたしたちの郷里を埋める近道だ。

 

 

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