-農業男子 vol.6-
揉み続けること5時間!
自称“お茶バカ”農業男子、思わず“笑っ茶う”コミュニケーションで美味しさ倍増!?

休むことなくひたすら手で揉み続ける「手揉み茶」をご存知だろうか。
1.5キロの茶葉からわずか300グラムしか出来ないという非常に貴重なお茶である。

驚くのはその時間である。
人肌くらいで温めながら絶妙な力加減で揉み続けること、なんと5時間!!
「お茶が好きで・・“お茶バカ”ですね(笑)好きじゃないとあんなもん絶対出来ないです。腰も痛くなるし。お茶農家でも作ってる人少ないですよ。でもね、自分の手からお茶が出来上がるって嬉しいんです。」
そう話す農業男子。お茶愛が伝わってくる満面の笑顔だ。
一般的に手揉み茶は10グラム1000円~3000円。
品評会で優勝したものでは1キロ100万円を超えると言われる。
その貴重な「手揉み茶」。今回、特別にいただくことができた。

 

茶葉に氷をのせて溶けだしたお茶をすする。何とも粋な飲み方である。
香りの豊かさとコクはもちろんのこと、特筆すべきはその甘さだ。
お茶ということを忘れてしまうほどだ。
美味しさに萌えている間に、お茶そのものの概念が変わってしまった。
これが職人技か。
農業男子の笑顔の向こう側を、探りたくなった。

 

■すべてはこの手に。

三重県で栽培されている伊勢茶。
葉肉が厚くて、味が濃厚なお茶である。

そんな伊勢茶を度会町で作り続けている中森さん。
伊勢志摩サミットでは、各国の首脳夫人に手揉み茶をふるまった。
「お茶って可能性の塊で。本当に飽きないんですよ」
中森さんの職人技が光るのは“手触り”を確かめる時だ。
「お茶農家ってお茶っ葉をそのまま出荷するわけじゃないんです。特殊なのが加工技術、つまり工場を持っているところ。ただ加工は全て機械任せじゃなくて、自分の手が必要なんです」

「香り・色・手触り・・これって数字で表せない。だから加工の途中、手で触って機械の温度や風量を調節していくんです。」
全ては自分の手に託される。
経験ある職人だからこそ持てる“感覚”を培ったのは伝統製法の“手揉み茶”だと中森さんは言う。
だからこそ、原点である“手揉み”を続けるのだろう。

■自分のお茶の価値は、自分で決める。

中森さんは去年、全量を小売りに切り替えた。
そのために一時は10haあった茶畑を1.5haまで縮小させた。
「業者に出さずに全部自分で値段を決めようと思って。」
――――思い切った決断ですね。
「市場価格がめちゃくちゃだったんです。お茶販売店が売れないからと値段をたたく、そのしわ寄せが全部農家に来る。一生懸命作ってるのに何のためにやってるのか分からなくなっちゃって。」

 

「市場価格は下がる。でも経費は上がる。農家はどうすることも出来ない。だからみんなお茶農家を辞めていくんです」
“このままではいけない”という思いが年々募っていった。
現状を変えるか、状況に甘んじるか。
中森さんの答えは決まっていた。
「農家にしか出来ないお茶の売り方をしたい。お茶販売店と同じ売り方なら、僕はいらない。」
お茶農家という仕事が好きだからこそ。真剣に向き合った末の決断だった。

 

■ひとつも売れない、マルシェ

「面白かったですよ。何も売れなくて(笑)」
中森さんが初めて直接販売に挑戦したのは今からおよそ8年前。東京のマルシェだった。
これまでは市場出荷がメインだったため売り方すら分からない状態だったという。

「みんな大体どこのお茶飲むかって決まってるんですよね。だからいきなり“伊勢茶です”って言うても売れるわけないんです。で、考えたんです。ただ単純に売り買いしても意味ないよなって。自分たち農家にしか出来ないこと、あるよなって」
農家だからこそ出来ること。考えた末、中森さんは筆をとった。
「一枚、手紙を書いたんです。題名は“農家なんだから”だったかと思います(笑)」
夜、コンビニに走った。手紙を大量にコピーした。
「農家がお客さんと上手く話せる技術はない。だから手紙を書いて渡そうと思って。そしたらすんごい喜んでくれた人がいて。農家がマルシェに来てやることって伝えることやなって。そしたら売り上げもどんどん上がってきて。」

農家として出来る最大限のことを、とにかくやってみる。
「お客さんと話すってプレゼンと一緒だと思うんです。だからPOPの作り方も話し方も必死に勉強しました。

 

何気ないことかもしれない。
でもそれをやるかやらないは、大きな違いである。
小さな一歩の大切さを、中森さんは教えてくれた。

■美味しい、だけで終わらない。終わらせない。

【農家だから出来ることをやる】
その取り組みの一つがYOUTUBEでの動画配信。
手揉み茶作りの全工程を公開している。
「お茶農家で誰もやってなかったので(笑)」

「どうやってお茶が作られているのか、楽しさも大変さも農家だからこそ伝えられる。結果、それがお客さんの安心感に繋がるのかなって。実際に動画を見て“そのお茶触ってみたい!”って工場見学に来た方もいらっしゃいましたよ」
こだわりや想いを積極的に発信して、コミュニケーションをとる。
「こんなお茶農家からお茶買ったよー!って話してくれたら嬉しいなって思って。」


「どこでもお茶は買える。だからこそ、この人のお茶だから安心して飲めるって思ってもらいたいんです。そういう気持ちは美味しさにプラスされると思うんです。」
オンリーワンなお茶農家。
美味しい、で完結しないその先も含めて中森さんのお茶作りなのだ。

何気ないことも、大切にする。
中森さんのお茶が選ばれる理由が、わかった気がした。

☆中森さんの情報はこちらでチェック☆

http://nakamoriseicha.jp/

 
次回は、稲を見るだけで美味しい田んぼかわかる?!お米の話がエンドレス!
農業男子の実直すぎる米作りに胸キュン!

(取材・文・撮影・イラスト 名越涼子)

名越涼子(なごし・りょうこ)
フリーアナウンサー。香港出身。
福井、愛知のテレビ局のアナウンサーを経て独立。
幼い頃見た田んぼの美しさに感動し“農”に興味を持ち始める。
農作業着ファッションショーや農業団体の発信媒体を手掛けるなど
独自の切り口で“農”を発信。
他、メディア出演や講師業、コラム執筆など多方面で精力的に活動中。