今、日本で一番勢いがある?!学生農業団体のトップを直撃!
“日本の食育文化を変える”現役大学生が描く、未来の“農”のカタチって?
こんにちは!フリーアナウンサーの名越涼子です。
先日、畑取材で山形のりんご畑に行った時のこと。
小鳥がちゅんちゅん、太陽がキラッ。心地よい風が吹き抜けていく。
「あ・・・今、超絶幸せかも」と、感じたのでした。やっぱり畑って気持ちいい!
と、いうわけで今回もとびっきりの農業男子をご紹介します!
どうぞ、ときめきあれ~
「なんで農業なの?」
よく聞かれることだ。
私が農業取材で各地を飛び回っていることが珍しいらしい。
なぜ農業なのか。
食が好きだから。勉強したいから。健康オタクだから・・・数え上げたらきりがない。
でも一つ、大きな理由がある。
農業は、未開拓=可能性の塊だから。
完成しているものよりも、心が躍るのは“余地のあるもの”
農業は昔からあるのにまだまだアナログだ。
正確に言うと、ちょうど“過渡期”なのだと思う。
そんな重要な節目を迎えている農業の、間違いなくキーパーソンになるであろう未来の農業男子に出会った。
「農業で起業します」
目をきらきらと輝かせながら話す未来の農業男子。
「みんなと同じじゃ面白くない。みんなと同じスーツ着て就活するより、もっと面白いことを見つけたい」
弱冠22歳。
彼の目に、日本の農業の未来はどう映っているのだろうか。
◆現役大学生が感じた《農》
現在明治大学3年生。
未来の農業男子、小澤航汰さん。
日本に数多くある学生農業団体の中でも一際注目されている「いろり」の6代目代表を務めた。
「特徴は全国各地にある学生農業団体やサークルを繋げてイベントを企画運営するところ。みんなの力で第一産業を盛り上げよう!というのが理念なんです。100大学以上200団体くらいはネットワークしています」
通常の活動に加えて農林水産省や数々の企業とイベントを開催したりコラボレーションしたりするなど“学生”を超えた、社会人顔負けの仕事っぷりである。
「体力には自信あるんで(笑)」
《いろり》は様々な大学生から成るいわゆる“インカレ”で現在は1、2年生を中心に19人が所属。小澤さんは大学1年の4月に入った。
「農業は衰退産業って言われるけど改善の余地があるしチャンスもある。ブルーオーシャンだなって思います」
東京生まれ、千葉県育ちの小澤さん。農業には全く縁がなかった。
―――そもそも農業に興味を持ったきっかけは?
「震災です。風評被害でなんで野菜が売れないんだろうって思って。そこで調べていくうちに、農業のマーケティングに興味を持って。そこからビジネスの可能性を感じたんです」
現場を知ろうと初めて農業インターンを経験したのは大学1年の時。
「大根の種蒔きを永遠にして・・・本当にきつかった~(笑)
けど雨が降ると何も作業が出来ない。天候には逆らえない。これがリアルな農業なんだなって。頭で想像していたことと現場は全然違いました」
「流通とかマーケティングって観点でしか農業を見ていなかったんですけど生産者の想いを聞いて大切にしたいなって感じて。でも待てよ、と。その想いって消費者に伝わっていないかもしれない。それを届けられたら素敵だなって思ったんです」
都会で暮らす私たちにとっての《農》とリアルな《農》。
そこにはまだまだ“ギャップ”がある。
その“ギャップ”を埋める最短の方法は、やっぱり現場に行くこと。
土に触れて野菜に触れて、人に触れる。それらは何よりの“生きた学び”だと、アーバンファーマーとして私自身も感じていることだ。
◆やりたいからやる。だから行動する。
秋の恒例となった農林水産省主催のマルシェイベント「ジャパンハーベスト」
今年はFARM PARK PROJECTも出店♪
大勢の人で賑わうこのイベントで、《いろり》はマルシェ部分の統括をするなど重要な役割を任されている。
今年は山梨市とコラボレーションした≪ぶどうカレー≫を販売。
初日から完売するという盛況っぷりだった。
その味はいかほどか。どれどれ、私もいただきま〜す。
な、な、なんて美味しいんだーーーーー!( *´艸`)
ブドウの甘酸っぱさによってスパイスが引き立てられた味わい深い本格派カレー。
その美味しさに思わず頬が緩む。
「山梨市ってブドウの加工品があんまり無くて。国の地域活性予算を使って学生を地域に送り込んでどんな地域資源があるのかを探したんです。そこで、学生の料理コンテストを開いて優勝したものをジャパンハーベストで売ろうって」
「これまでつながりを作ってきたので、これからは学生の活躍の場をどんどん広げていきたい」
このジャパンハーベストでユニークなアイデアを実現させたこともある。
「“野菜神輿”をやったことがあります。“何かオープニング出来ない?”って言われて、それがイベントの1ヶ月半前だったので超特急でつくりあげました(笑)」
Facebookで神輿職人を募り、茨城にいる30歳の職人と繋がった。野菜は持ち前のネットワークを生かし農家の協力を得た。
「イベントの場所の関係上、夜中の0時から朝の5時までに神輿を組み立てないといけなくて。しかもその年、野菜が不作であまり無くて。イベント前日に農家さんのところに集荷しに行きました(笑)」
「東京のど真ん中に神輿が、しかも野菜神輿が上がることってないじゃないですか。若い神輿職人と若い農家さんによって出来た野菜神輿を、若者がかつぐ。神様はのってないけど想いはしっかりのってます」
《これ、面白い!》を実現させられるエネルギー。
可能性に限界はもうけない。まずやってみる。
そういう気持ちは、大人になるほど忘れたくない。
◆この先、走れないかもしれない
一生懸命生きている人ほど、大きな壁がやってくる。
私はそれを「神様からの贈り物」だと受け取っているが、その真っただ中にいる時はただただ苦しくてそんなことは当然考えられない。
ただ、その壁を諦めずに乗り越えた人だけが手にすることの出来る《経験》は、何にも代えがたい人生のギフトなのだと思う。
「自分の中の大きな挫折は中3の時かな。小さい頃からずっとサッカーをしていたんですけど試合中に倒れちゃって。左ひざの一部が壊死していたんです。それで中学最後の大会の1か月前にドクターストップがかかっちゃって。悔しくて悔しくてめっちゃ泣きました」
《一生走れないかもしれない》
ドクターから宣告されたこともある。
サッカー選手を夢見ていた小澤さんにとって、あまりにも厳しすぎる現実だった。
「サッカーは好きだったので高校ではサッカー部のマネージャーになってサポートすることを学びました。ただ、学生生活の半分は松葉づえだったので、送り迎えも含めて両親には本当に迷惑をかけました」
「体が思うように動かない。だから出来る範囲で120%やるしかない。空いた時間で情報収集したり本を読んだり。とにかく自分に出来ることを全力でやってきました」
出来事は誰にでも起きる。
重要なのは、その出来事をどう受け止めどう自分の糧にしていくかということ。
「あの時の辛さに比べたらって思うと、ほとんどのことは乗り越えられます」
《出来る範囲で120%》
その力を若くして手に入れた小澤さん。
完治はしない、と言われていたが今ではサッカーも出来るほどに回復した。
◆日本の食育文化を、僕が変える
――――小澤さんが今後、やりたいことってどんなことですか。
「食育です。食育って子どもにすることって思われているけど、そもそも大人にこそ必要なんじゃないかなって。子どもに食べさせるものを気にしたり食に関心を持ってもらったりして日本の食の誇りを感じてもらう。そこからスタートなんじゃないかなって思うんです」
―――それ、とっても共感します。大人へのアプローチって大切です。
「最近“孤食”が増えているけど、食卓って泣いたり笑ったり成長出来るコミュニケーションの場だと思うんです。食卓の大切さを含めて食育文化を見直したいんです」
―――そのための第一歩がもう始まりますね。
「今年中に法人化して、来年は農家さんをたくさん訪ねようかなって考えています。まずは生産者。現場でしかわからないことっていっぱいあるから、農業のことも農家さんの想いも学んできます」
「これまでの全ての経験がうまくかみ合ってきてるんです。自分がどうこうというより、たまたま周りの環境がこうしてくれました」
自分がどう生きていくのかは、周りが自然と決めてくれる。
それも、行動し続けたからこそ実感できることなのだ。
「やりたいことがたくさんあります。夢は大きく!」
どんな大人になるのか、どんな未来を描いていくのか。
その活躍が今から楽しみで仕方がない。
☆「いろり」の情報はこちらをチェック☆
http://irori-japan.com
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(取材・文・撮影・イラスト 名越涼子)
名越涼子(なごし・りょうこ)
フリーアナウンサー。香港出身。
福井、愛知のテレビ局のアナウンサーを経て独立。
幼い頃見た田んぼの美しさに感動し“農”に興味を持ち始める。
農作業着ファッションショーや農業団体の発信媒体を手掛けるなど
独自の切り口で“農”を発信。
他、メディア出演や講師業、コラム執筆など多方面で精力的に活動中。