ライター:尾形 希莉子
植物工場の中をのぞくと、そこにはライトに照らされた野菜たちが、何段にも積み重なっている。工場内は機械が動き回り、人間が入り込む余地はない。収穫しては箱詰めされ、次々とどこかに運ばれていく…。
「植物工場」という単語だけを聞くと、このようなイメージがありませんか。つまりは、野菜を大量生産するためだけの、広大で無機質な施設。
しかし、実際はそういうわけでもないようです。
「植物工場は面白くて便利なツールですよ。ただ野菜をつくるだけではありません。植物工場には、多くの人や企業が集まってきます。」
楽しそうにこう語るのは、株式会社ファームシップ代表の安田瑞希さん。農と食の未来を創ることをミッションに掲げ、植物工場を軸に、さまざまな事業を展開しています。
植物工場が面白い?植物工場に人が集まる?
これはいったいどういうことなのでしょうか。安田さんの考える植物工場についてお伺いしました。
ーまずはじめに、農分野で事業を起こそうと思ったきっかけを教えてください。
そもそものきっかけは、「農業をもっと発展させたい、魅力的にしたい」という思いがもともとあったことです。というのも、実家が花卉農家だったこともあり、農業の領域で何かできないかとずっと考えていました。
ーなるほど。「もっと魅力的に」というと、農業への課題意識があったということですよね。その思いはなぜ生まれたのでしょうか。
農業というよりは、農業に携わる人に問題があると思っていました。旧態依然として変わろうとせず、いわゆる3K(きつい・きたない・かっこ悪い)のイメージもまだ残っています。そんな人たちがやっている農業という世界には、なかなか魅力を見出せませんよね。
ーまずは人が変わる必要がある、ということですね。
日本にいてもいい案が思い浮かばず、日本の農業を俯瞰するためにも、大学卒業後にアメリカに行きました。
そこで、日本の農業の人に対する課題を再認識したんです。良くも悪くも階級社会のアメリカとは、農業に従事している人が日本とはまるで違いました。
現場で働くスタッフがいて、その上にエンジニア、そしてトップにはMBAを取得しているような経営者がいる。
つまり、農業を経営するための組織がしっかりと成り立っているので、事業とし儲かる仕組みができており、各部門のプロフェッショナルが自分のセクションの仕事を追求して活き活きと働いているんです。
ー日本の農家のように全てを一人で背負い込んでいないということですね。
まさにその通りです。日本の農家さんの話を聞いていると、ほとんどの農家さんが、実は二つの話しかしていないんです。それは「天気」と「販路」の話です。本当にこの話ばかりしています。(笑)
この二つの課題から解放して、もっと作物の美味しさを追求するとか、もっと儲ける仕組みを作るとか、「農家さんが別のことを考える時間を作りたい」という思いが徐々に芽生え始めたんです。
ーそこで安田さんが注目したのが、植物工場だったのですね。
そうです。しかし、最初から植物工場だったわけではありません。他にもいろいろ試しましたがどれもピンと来ず、そんな中で植物工場という選択肢があることを思い出したんです。私も根っこは農家なので、「つくりたい」という思いもどこかにあったのでしょうね。
そしてまずは、本当に事業としてやっていけるのかを確かめるために、植物工場を扱っている会社に入りました。
農業の可能性を広げるゲートウェイとしての植物工場
ー実際にやってみて、手応えを感じたということですか。
2つの点で、面白いと思ったことがあります。1つ目は、技術。2つ目は、植物工場は人を集めるという点です。
ーまず、1つ目について教えてください。植物工場の技術で何が達成されるのでしょうか。
植物工場の強みは、天候を気にせず栽培できるところにあります。
大規模栽培で一個当たりの製造原価を下げることもできますし、安定生産することで、安定供給が可能になり、安定供給が可能になるとコールドチェーンを定期便で確保できるようになります。安定供給をベースに流通を確保することで、特別なブランディング・マーケティングをしなくても売り先を見つけやすくなります。
つまり、先ほど話した、農家の2大課題ともいえる天候と販路の問題を、植物工場は解決できるのです。
ー屋外でやっていたことを室内でやることで、2つの悩みを考えずに済ませられるということですね。
工場野菜のコールドチェーンに、各地の農家さんの露地栽培野菜を乗せて、直接小売とつなげてあげることで、新しい販路の確保、市場外流通による利益率改善が図られる。つまり植物工場をきっかけに、露地野菜の流通ビジネスが可能になります。
他にも工場内でやるメリットはありますよ。例えば品種改良。今までの品種改良は生産性や耐病性を気にしてやっていましたが、工場はそれらを気にする必要がないため、味の良さだけを追求することができるようになり、より美味しい野菜を追求できるようになります。
また、実は種からではなく、苗から育てたほうがいい野菜があるのですが、そういった野菜の苗を畑ではなく、植物工場で大量生産し、それを畑で育ててもらうという、農家さん向けの苗売りのビジネスも可能です。植物工場をきっかけに、多角的な事業展開が見込めるということを、まさに今実感しているところです。
ーでは、2つ目の、人を集める役割を果たす植物工場について詳しく教えてください。
なぜ人が植物工場に人が集まるのか。それは植物工場が内包する技術の「最先端」感と、海外へのパッケージ展開が見込める「グローバル」感だと思っています。持論ですが、日本人はこの2つのキーワードが好きなように思います(笑)
農業に興味はなくても、植物工場に興味のある人はたくさんいるんですよね。農業というイメージをうまく中和し、いろんな産業の人を取り込めるのが植物工場なんです。
ー植物工場という言葉だけを聞くと、人から農業を遠ざけるイメージもありますが、逆に農業への入り口になっているということですね。
入り口があれば人が集まってきます。人が集まれば、イノベーションが起こります。私はそこで、食と農の未来が開けてくるのではないかと思っています。
多くの農課題を解決する植物工場
ー植物工場でビジネスを行なっている中で、大変だったことを教えてください。
1つの工場に数億円というお金が必要で、そのお金をどうするかなどを考えるのは大変でしたね。植物工場を手がけている人が少ないだけに成功事例もありませんでした。
土地の問題もいろいろありまして……たとえば三重県の名張にある工場は、日本で始めて耕作放棄地の上に建てた工場になりましたが、しがらみも結構ありました。
ーなぜ耕作放棄地に建てようと思ったのでしょうか。そして、しがらみとはいったい…?
野菜をつくるという意味では、農地でつくるのも工場でつくるのも変わりません。なので使われていない土地があるのなら、よりコントロールしやすく、安定した利益も見込める植物工場の方がメリットが多いので、そこに工場を建てて野菜をつくった方がいいという考えでした。
しかし農地の上に建物を建てることに地元の人の理解を得られず、また地元の人間関係や利害関係も複雑だったため、非常に難航しました。
ー確かに、植物工場と聞くと、抵抗がある人もいるかもしれませんね。
そうなんです。なので、話の入れ方、話すべき人へ話すタイミングの工夫、根回し、最新の注意を払いながらプロジェクトを進めました。結果的にうまくいったのですが、排他的な側面がある業界なので、人をどう説得するかというのが肝になるということを身に沁みて感じました。
ー最終的にうまくいった要因はなんだったのでしょうか。
それは、植物工場が持つ課題解決力だと思います。
工場といっても収穫などは人の手で行うため、地元の人の雇用創出にもつながります。
また、今回の場合は、耕作放棄地の稼働という意味でも一役買っています。
単純に野菜を作るというだけでなく、様々な課題を解決できることもこの植物工場の大きな魅力の一つです。
植物工場は、はじまったばかり
ー安田さんが思い描く、植物工場の今後の展開を教えてください。
まずは野菜を安定供給することが、短期的な目標です。マーケットリーダーになりたいですね。そして、今の工場システムはもったいない電気の使い方をしているので、新しい植物工場の形に投資しようとも思っています。
長期的には、いつでもどこでも野菜を提供できるようにしたいです。陸上はもちろんのこと、海上でも、宇宙でも。また、今まで話してきたように工場自体ではなく、工場を軸に多方面へ事業展開したいと思っています。
ー日本人は「グローバル」という言葉が好きなのではないかとのことでしたが、その期待にも応えていただけるのでしょうか。
すでに、インドネシアには工場を建てています。面白いことに、インドネシア全体の人口は増えているのに、農業人口は減っているんです。発展するほど農業に人が集まらなくなる構図が日本と似ていると思い、目をつけました。
安全安心な野菜が手に入りにくいということもあり、その文脈では中国やインドにも需要があるでしょう。
ー植物工場を手段にまだまだ事業が広がりそうですね。
植物工場の可能性はまだまだあると思っています。工場が農業に人を集め、そこから革新的なアイデアが生まれれば、農業に魅力を見出した人たちがさらに集まってくる。最初に言った農業に携わる人の問題も、これで解決されるのではないでしょうか。
人の生活を支える農業が、どんどん活性化していくといいですね。
― 後記 ―
お話をうかがうまでは、植物工場=生産というイメージしかありませんでした。しかし、今回お話を伺って、植物工場によって農業への入り口が広がり、農業という分野に関わりたいという人が増えるかもしれません。そしてその人たちに出口を提供するのも植物工場なのかもしれません。
農業に関わる人が魅力的であれば、もっと農業に人が集まる。農業に人が集まれば、もっと関わる人が魅力的になる。
安田さんのお話で、農業の未来に触れた気がしました。